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28/07: サイレントの時代劇

無声映画の時代劇は二種に分けられそう。一つを阪妻、嵐寛、大河内といった大スターが銀幕の中央を占める講談調の動の世界とすると、もう一つは細やかな情念の表現が中心となる演劇的な静の世界。

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20/07: 黒猫

1934年のユニヴァーサル映画『黒猫』はきわめて風変わりな映画である。それを一口でslyな映画と表わせてしまえるにもかかわらず、だからといって単純な作品と言い切ることが不可能という「曇りない曖昧さ」に包まれた不可解な映画である。既にフランケンシュタインを演じたボリス・カーロフとドラキュラを演じたベラ・ルゴシの両怪優の共演作としても知られてる作品ですが、彼らが演じたのは怪物フランケンシュタインやドラキュラとは正反対に、明快なキャラクタを欠くことで得体が知れなくなっている人物たちです。「曇りない曖昧さ」というと作品へのプロデューサの干渉を排する目的でショットを細かく撮り分けて編集困難にしたというヒッチコックを思い出しますが、やや似てるもののこちらの方が遥かに構造的かつ重層的な気がします。最初のトーキー作品と云われる『ジャズシンガー』が撮られたのは1927年ですから34年当時のハリウッドで無声映画一般は過去のものだったことでしょう。この時代風潮にあからさまに逆らって撮られたのが『黒猫』ではないかと思います。つまり、トーキーで撮られたサイレント映画というわけですが

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18/07: 宇宙戦争

農家の地下で宇宙人から逃れるシークエンスあたりからしばらくの間画面にみとれました

悪意の持主としての宇宙人が実感されるのは(スピルバーグの)スピード感の御陰だと思います、このスピード感を少しでも犠牲にすればよりよく人物を描けたかもしれない、とはいえ中途半端な速度でほどほどに肉付けされた人物を見せるために犠牲にするにはあまりにも惜しいスピード感で、ジェットコースター式ではなくてとても表情豊かなスピード(CGと実写間にハーモニーのズレがあるせいかとも思う)を持っているように思います、そのせいか宇宙人の怖さにはかすかにオフビート掛かっているようで、そこでシークエンス全体を悪夢と感じられなくもないのだけれど、これはやはり幻想を語る話法ではないだろう。某かのリアルが感じられる。冒頭とエンディングはまるで幻想的に描かれていて、形式上物語をすっぽりと包んでいるとしても、そこに作者のメッセージを探すことはできないと思う。

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13/07: 無声映画の鑑賞

そのときどきでいろいろだけど、コメディの短編でアドリブ上手な弁士がついていると楽しい、というのは無声映画のコメディのギャグは言葉で説明してしまうと全然つまらなくなるようなものが多くて、体を張って笑いを取りにくるコメディアンの迫力に負けないだけのアドリブ芸が備わった人がやると、いよいよ面白くなります。

西洋では最初からピアノその他の楽曲の伴奏がついたようですが、これも即興演奏の才能が必要とされる気がします。

フリッツ・ラングのように曲まで出来て初めて映画完成という完璧主義者のばあい、オリジナルスコアは重要です。

ほんとうなら無音の中で、自分で音楽をつけられたらいいのだけれど

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08/07: アリス

サイコアナライズをについての映画のようだ。ついてというのはつまり…
フロイトの留学したサルペトリエール病院の女性患者を写した映像があったと思うけれど',

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07/07: 用賀

久し振りに用賀に出かけた。永田町で地下鉄半蔵門線直通の東急線に乗り換えるときに、‘急行’と聞いて過った悪い予感が当ってしまう。車体はこれから目的の駅を遣り過す心算なのだ。三軒茶屋を出てからあっという間の出来事だった。用賀を過ぎて程なく車輛は地上に出、それからの周囲の景色は猛スピードで過ぎていった。やっと減速が始まる頃に二子玉川に着いた。今度はホームを換えて渋谷方面の電車を待つことにする。これから戻るとちょうど定刻に間にあうかもしれない夢をずっと見ていた。地下鉄を降りて246付近に通じる出口を探す。上ってみると見たこともない知らない土地だった。予行練習として道すがらの人に公園の方角を尋ねてみる。風邪の所為で声がゴロゴロしているけれど目的地へは最短距離で行けるだろう。

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06/07: カイロの紫のバラ

ウッディ・アレンの映画で『カイロの紫のバラ』がとても好き、
アレンの映画は脚本がとてもよく書けていると思う、大向こうを唸らせる派手な演出とか目に焼き付く視覚的なショットに全くと云っていい程お目にかかったことがないのは脚本の完成度が高いせいかと思う、ストーリィは破綻がない。カイロ?のスクリーンをめぐる現実と虚構の交錯はかなり複雑なものだと思うのに、見ている方は苦労なく飲み込める、ようにまでよく書かれたシナリオだと思う。私は意地悪だから話がスムーズに運ばれて行くのを感じるたびに内心何かおかしい、何か違うとあせっていながら、でもあえて抵抗しようと思わないのは何故だろう。カイロ?のなかでヒロインのシシリアは二度キスシーンを演じる、一度は映画の作中人物と、二度目はその人物を演じる俳優と。「映画のキスは本当ではない」という科白の後に続けて、唇にそっとクッションを圧しあてたときのような柔和な触覚を刺激するラブシーンが心地よかったからだろうか。', 'ラストシーンで、ミア・ファロウのスクリーンを見つめる目の輝きは脚本以上の何物かだ、あのとき彼女の目に映っていたものを知りたいのだけれど、あれはジンジャーエールロジャースならぬ照明ライトなんだよ、ではない、シナリオはそれを教えてくれはしないだろう。

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30/06: ビックカメラで大当り

ビックカメラでTDKのDVD-R30枚セットを購入したら、レジの女性が朗らかな調子で「おめでとうございます、あたりました」というので、何のことだかさっぱりわからなくて思わず後ろを振り返ってしまった。みんな拍手しているではないか。中から「今当ったから当分だめだ」との囁きが漏れる。

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26/06: チャップリン短編DVD2

1919年?1922年の作品/A Day''s Pleasure/Sunnyside/The Idle Class/Pay Day/(FIRST NATIONAL PICTURES)
4作品はすべてMusic Composed by Charlie Chaplinのクレジットをもつ。彼が映画音楽を、と聞くと妙な感じだけれども、じっさいに聴いていると違和感はない。これらの作品の脚本/製作/監督のクレジットはすべてチャップリンであるのみならず、IMDbによれば編集も彼らしい。フィルム編集的に処理したと云われれば、そんな気もする音楽構成である。全体的な構築とか一貫した構成というよりは気まぐれな遊び心からのバレエ組曲のよう。

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24/06: leafスキンのこと

nucleusのスキンは、デザイン志向と機能志向と二種類に分かれる、デザイン性と機能性の両方に適うスキンはなかなか見当たらない。leafはデザイン系であって後者ではない。完成度の高いデザインながら機能拡張性はわるい。デザイン賞を受賞したらしいslickあたりもそうではないかという気がする。いじっているとイライラする低拡張性ぶりだ、作者自身がコンピュータの素人と公言しているのだからしようがない。現在のウェブデザイナーの多くはこちらのタイプなのだろう。確かに機能性のみでは美しいフォルムを持つことはむつかしいだろうけれど、フォルム=完成度、というディシプリンはどうにかしてほしい



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