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31/07: 『サーク・オン・サーク』ダグラス・サーク&ジョン・ハリディ編

ロシア史研究者ジョン・ハリディが映画監督ダグラス・サークと行ったインタヴュー本の翻訳である。本の中でサークは「アメリカン・シネマ」*1等を挙げて、今日では映画批評家の地位が文芸批評家に引けを取らなくなったと喜ぶ。その書物の中でサリスは、1950年代のカイエ・デュ・シネマ他フランス人批評家たちが提唱した作家主義のコンテクストを引き次ぎ、ニコラス・レイ、ヴィンセント・ミネリ、オットー・プレミンジャー、ロバート・アルドリッチ、サミュエル・フラーといった50年代に顕著なアメリカ映画を残した作家のなかにサークを再配置する。インタヴューはサリス本の出版後程なく1970年春に開始された。サーク再評価に役立つであろうその布置を本書は全くといっていいほど引き受けようとしない。上掲の名前中、本書で言及されるのは僅かに『ショックプルーフ』(1948)で協働したフラーのみである。「第一章 ドイツ時代の演劇」から「第六章 ハリウッドのあと」まで、映画/演劇人サークの全キャリアを網羅するインタヴューから成る前半と、それに勝るとも劣らない後半の資料(バイオグラフィ/フィルモグラフィ/テアトログラフィ/ビブリオグラフィ)とを併せ読むことで、前後半個々に思い描かれるサーク像の輪郭に動揺が生じ、生命がその間隙に吹きこまれる。何かそうした構成に見える。


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30/01: シネコンで元旦

シネコンと云うと郊外の大型ショッピングセンターに併設されるもののイメージがある。都心のど真ん中で映画をみる機会が多いだけにこれまで一度も利用したことがなかった。お正月に帰省してみたら郊外ではなくて駅前に完成したばかりのファッションビル最上階にもシネコンが入っていたので早速出かけてみた。一度行ってみたかったから。


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03/11: 美術監督

成瀬巳喜男の設計?美術監督は回想する



成瀬映画の装置には独特なものがある。就中戦後は狭く細長く採光上の困難を有するウナギノネドコ風の家屋と、舗道に向かってシースルーの眺望を可能にする商店街の店頭が繰り返し造形された印象がある。もちろん他に旅館、喫茶店、鉄筋アパート等もあるのだけれど。「成瀬巳喜男の設計 美術監督は回想する」は戦中から遺作まで彼の映画とつきあった美術監督のインタビューでその世界を再構成する。

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23/10: 成瀬の女たち

今日は青山ブックセンターで渋谷哲也氏のファスビンダーに関する新刊のためのトークショーに出かけました。ファスビンダーは以前から気になっているシネアストで、彼に関する興味深い話がいっぱい聞けました。トークは渋谷哲也×四方田犬彦だが、半分くらい[ひょっとするともっとかも]四方田氏が話された。この四方田氏はちょうど今読んでいる最中の「三百人劇場映画講座・成瀬巳喜男特集」にも一文を寄せている。それがなかなか面白い。「女を描くということ」と題して、論者自身の信仰告白に陥らないように成瀬映画の女性像について論じている。

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21/08: 成瀬巳喜男の誕生日

本日はそういう日です。お元気なら百回目の誕生日。今日の東京はとても暑苦しくて、べとべととした嫌な暑気ですが、百年前の東京はどうだったのか。映画「腰辨頑張れ」等で出てくる当時の東京の繁華街は、もう変わってしまったかもしれないけれど、文京区の街並みに一番最後まで面影を残していた風情のようです。この風景を幾度も幾度も繰り返し彼は取り続けてきた事に気付くと、少し寂しいです。もうなくなってしまった風景なので。彼の地元の祖師ヶ谷大蔵もここ数年どんどん変貌しています。

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28/05: 自分自身を描く

ヴィスコンティが自分自身を描いていたというのはどういう意味でしょうか、投影というと、作家と演者、両者のアイデンティティの曖昧さが観客にまで意識の混乱を及ぼすような、一時期のトリュフォーとジャンピエール・レオーの関係性を想像します、ヴィスコンティの場合、理想をいうなら演技面はダーク・ボガードで素材面はアラン・ドロン、その許容限度内での分裂を抱えた状態で映画を作ってきたのではないかと、多かれ少なかれ演者への「投影」に失敗し続けたのではないかと思います、もしもドロンのマスクにボガードの演技術を備えた人物がいたら、彼をヴィスコンティと同一視していたかもしれません

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