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31/03: ハードキャンディ Hard Candy (2005)

14才のハードキャンディ(未成年女子のスラング)のスタンガン攻撃に悶絶して浴槽に沈んだ30男。小娘に怪しいドラッグを盛られて以降の男の言動は、出し抜けのものであれ、悪足掻きであれ、説き伏せであれ、罠から罠へ、今抜けたばかりの爪先からめり込んでいく心身麻痺の道程を示す。刃物やスタンガンで女が男を痛めつけるアイデアは同時代の日本の女子高生のオヤジ狩りが出所らしい。オヤジ狩り自体は男女を問わずグループで単独の被害者を襲うものである。1時間44分の本作品の登場人物はほぼ二人だけ、シーンもほぼ男の家だけである。タブロイド紙受けのネタとはややズレた処で通常のやられる側がやる側に、やる側がやられる側にと、シチュエーションの意外性を保ち物語は進行する。



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03/10: シネマの冒険 闇と音楽2012

フィルムセンター定例の伴奏付きサイレント上映企画は、去る9月4日〜9日に開催されました。今年はロシア・ソヴィエトの無声映画から8本がラインナップされました。ほとんど観る機会のない作品ばかりです。普仏戦争下のパリコミューンを描いた劇映画『新バビロン』(1929年)は伴奏なしの回の上映でしたが、恐らくこのシーンは皆で声を張り上げて「ラ・マルセイエーズ」を歌っている、こちらのシーンは「インターナショナル」だろうか。新奇な画面構成や撮影技法の輻輳のなかに浮上する幾筋ものストーリィに、じゅうぶんに可視化されてある不可聴の音楽がダイナミックな奥行きを付加する。トーキー以降にサウンドトラックを得て深く根付いた手法の萌芽であるでしょう。新たな配置はまた、音楽自身の秩序を組み替えようとする。19世紀末に作られ次世紀の社会主義運動まで引き継がれる「インターナショナル」と18世紀の王制打破の南仏の志願兵たちの「ラ・マルセイエーズ」、古めかしく“見える”のはどちち?



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20/12: それでも恋するバルセロナ Vicky Cristina Barcelona (2008)

ヴァカンスでスペインにやって来たヴィッキーとクリスチーナは女性スキャンダルの渦中にある画家と出会う。そこから一人の男と二人の女の一過性の恋愛遍歴が語られる。じつは男と彼の前妻とは同じアーティスト同士の生活から来る緊張の緩衝域を形成するべく、つねに三角関係の第三項(女性)を必要としており、通りすがりのアメリカ娘のカップルは、そうとは知らずに彼らのボヘミアン生活に巻き込まれていく。彼らの仕掛ける陥穽は自然発生的なクリシェであるが、その結託ぶりにカメラは立ち入ることはしないので不道徳や退廃臭はほとんどない。W.アレン脚本の饒舌さに誘導され、いくぶんかストーリィにとって異質な次元の出来事として冒頭から繰返される風景のパンの無頓着を装って流される。



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12/09: 『乙女シリーズ その一 花物語 福壽草』 Fukujusô (1935) -1-

ラヌンキュラセアエ ペレニアル《Ranunculaceae perennial》【学名】、アムール・アドニス《amur adonis flower》【英名】。またはアドニス・ラモサ《adonis ramosa》【通名】。花言葉は永遠の幸福。

吉屋信子原作の「花物語」(1916〜1924)の一篇を新興キネマが映画化した。その一ということは、その二、その三と続いたのであろうか。制作は相前後しながら一月後れの公開となる「釣鐘草」がその二で。それでおしまい。他に1940年に同じ「釣鐘草」を東宝が映画化した記録がある。1920年代には有るか無きかであった吉屋原作の脚色作品は1930年代になると一挙に30近くまで増加する。幾つか拾っただけでも、女人哀愁、女の友情、女の階段、女の約束、女同士、女の教室、と女性向けのメロドラマを期待させるタイトルが並ぶ。大正期の少女雑誌に断続的に連載された原作「花物語」にメロドラマ臭は希薄である。夫々に花の名前を与えられた断章を束ねる書物のブーケは、前後の脈絡を欠くが為にかえって鮮明であるような少女期の想念の儚さを花のイメージに寄せてスケッチする。原作に出来るだけ忠実な脚色を試みようとすれば、開花と萎凋の植物界のモノトーニアスな反復が文章の織り上げるセンチメンタリスムにずれ込み規則性の綾をなす処まで、つまりイメージの気紛れによく耐え、読書体験にも似た何ものかになるまで——そうした実験映画を標榜するわけではない『福壽草』は、当然ながら原作に忠実な作品ではない。 原稿用紙十枚余の掌編を67分の劇映画にするために加えられた主な変更を挙げると、先ず時間経過である。原作の時間はヒロイン薫の尋常科二年生(7歳)から女学校二年生(14歳)までの7年であるが、映画では女学校の一年半のなかに出来事が濃縮される。次に時代背景である。原作の1910年代末は製作当時の1930年代半ばに変更される。それによりヒロイン薫の実家の没落は父の商売の失敗から大恐慌後の兄の株投資の失敗へと、また捲土重来を期す父と兄が向う先は排日移民法*1成立以前のアメリカから満州へと変わる。さらに大きな変更は原作で没落直後に世間体から実家へ戻される嫂の美代子*2は、映画では嫁ぎ先に留まって苦労するうちに結核に羅患し、やがて実家に引取られ白樺派を思わせるサナトリウムに入院する。二人の女性の仲が引き裂かれ、一家は離散してヒロイン一人が寄宿舎に入るという骨子はそのままに、映画は絶間のない運命の翻弄にそよとも漣を立てない水面のような原作の女性像から逸脱する大掛かりなメロドラマ装置を引き込む気満々である。結果として、痙攣性の発作めいた原作の唐突な幕切れを噛み砕いて緩慢に消化するように物語は再構成される。

薫と美代子。時世の移ろいに翻弄される二箇の魂は、ゆかしい福壽草の縁に結ばれてこの世の外の幸せを成就する。



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21/01: 『隠し砦の三悪人』 THE LAST PRINCESS (2008)

少し前にDVDで『椿三十郎』のリメイク版(2007)を見たとき、脚本や台詞やストーリィ展開がオリジナル版と見分けのつかない既視感に襲われた。そうした場合、両者の違いを主演俳優のキャラクターの差に帰したくなる。単純に剣豪らしくない織田裕二はいかにも強そうな素浪人の三船に比べてつまらないと思った。今回の三悪人がまた黒澤の同名作のリメイクでオリジナル脚本をクレジットしているということで、こちらもそういうことかと思ったが意に反してそうではなかった。



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09/11: 今日の映画

今日はNFCで『朝から夜中まで』と『脱走者』を観る。ドイツ表現主義映画の前者は歪んだ装置の配置やサイレントに逆らって饒舌な小道具の介入が表現主義絵画と地続きの空間を成立させる。在るか無きかのその間隙に大胆にも滑り込んだものたちによって示される時空の焦燥を愛おしく思う。
ソヴィエト・モンタージュ派プドフキンのトーキー第一作の後者で「ソヴィエトの独裁者」の台詞が聞かれるとき一瞬ドキッとするのだけれど、トーキー初期にありがちな音と画とのシンクロニシティのルーズさを逆手に取ってナラティヴを輻輳させるという意外な展開に。当時の独裁者は作者のメッセージを正しく受け取り得たろうか。

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22/07: ダグラス・サーク〜かなしみのハッピーエンディング

第30回ぴあフィルムフェスティヴァルの特集上映「ダグラス・サーク〜かなしみのハッピーエンディング」が始まった。ラインアップは独ウーファ時代の作品が3作と代表作が目白押しの米ユニヴァーサル時代からの8作である。今回の上映の為に世界中から最良のプリントが集められ、35/16ミリ/シネマスコープ映写機と字幕用ヴィデオプロジェクタが用意された。「世界で一本しかないマテリアル*1を含む作品の上映回数は各3度までということで、こうした好条件でサークの映画を見る機会は今後ないかもしれない。当日券の余地は未だあるようなのでチケットを取れなかった方も諦めないで劇場までお越しください(フェスティヴァル・ディレクター荒木啓子氏)」、とのこと。


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29/02: 『春なき二万年』 20,000 years in Sing Sing (1932)

高級マンションの上階のフラットにトミーは久しぶりに帰ってきた。名の通ったマフィアである彼の服役後、そこは情婦フェイの独り住居である。彼女はつい最近走行中の自動車から飛び降りて瀕死の大怪我を負い絶対安静の状態にある。模範囚である彼への特別の計らいとして、所長はトミーに単身での見舞いを許可したのである。夜までに必ず刑務所へ戻るという条件付きで。


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29/05: 『女だらけの夜』Girls of dark(1961)

最近の日本映画は女性監督による劇映画が増えているようだけれど、女流現象として十把一絡げに論ずることは容易くても未だ個人の作家論の対象にはなり得ていない、と邦画の新作を見ずに書いてしまえるのは傲慢だろう*1。そこで。サイレント末期以来スター女優として輝かしいフィルモグラフィーを持つ田中絹代は1955年の『月は上りぬ』を初監督して坂根田鶴子に次ぐ日本映画史上二番目の女性映画監督となり6本の作品を残す。彼女の5度目の監督作品『女だらけの夜』は赤線廃止後の女子更生寮を舞台にする。


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21/05: 『ブラック・ダリア』The Black Dahlia(2006)

数年前にエルロイの原作を読んでいるにも拘らず、全くストーリィを思い出せない。理由は単純につまらない原作だったからで済ませるとして、映画化された作品を見ることで目鼻立ちも定かならぬその「詰まらない」美女と再会を果たすのであろうか。


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